【弘前市】江戸時代の殿様は、どんなお菓子を食べていた? 其の二。豊臣秀吉が愛したうぐいす餅、茶の湯では季節の生菓子、庶民には駄菓子が流行。
今回は「江戸時代の殿様は、どんなお菓子を食べていた?」其の二として、前回の記事(2026年2月5日掲載)に引き続き、弘前市内の和菓子店から、江戸時代のお菓子を考察しました。江戸時代は茶の湯と共に、砂糖を使った高級な和菓子が発展しました。
中でも、四季の自然や風情を繊細に表現した練り切りや羊羹、求肥(ぎゅうひ)などを用いた上生菓子は、幕府や大名へ献上され、茶席で親しまれまたそうです。画像は、菓心なかむらの上生菓子「菜の花」です。黄色い菜の花に、春を感じますね。
江戸時代には、寒天と砂糖を煮詰めた干菓子も流行しました。涼しげな寒天菓子は、茶席の菓子として庶民にも愛されたそうです。桜の寒天菓子は、御菓子処 観世の春の和菓子です。
同じく御菓子処 観世の和菓子うぐいす餅。餡を求肥などで包んだ若草色のうぐいす餅は、豊臣秀吉が愛した和菓子と伝えらえています。
庶民の間では、素朴な甘みが特徴の駄菓子が流行しました。砂糖が流通すると、固飴や飴細工が発展しました。派手な衣装で楽器を鳴らし、歌や踊りを披露しながら飴を売り歩く「飴売り」は、庶民の娯楽でもあったようです。
米や麦、栗、サツマイモなどの穀物を使い、黒砂糖や水飴で甘みをつけた駄菓子は、手軽な子供のオヤツや軽食として人気です。弘前市内では、さくら野百貨店やイオンタウン弘前樋の口に、駄菓子専門店「だがし屋」があります。懐かしの駄菓子を探してみませんか?
せんべいは、農家の保存食や草加・越谷などの宿場町の茶店で売られた「塩味の焼米・焼き餅」がルーツと云われています。小麦粉をベースに白ごまや黒ごまを使用した「ごませんべい」は、津軽地方の伝統的なせんべいです。
江戸時代は、生菓子を中心に様々なお菓子が誕生した時代です。季節を感じる上生菓子を嗜んだり、素朴で懐かしい駄菓子を味うのも楽しいですね。
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